傀儡音楽

かいらいおんがく

最前列でモーニングを

 モーニング娘。のライブに行って来た。中野サンプラザのライブである。いろいろ手を尽くして手に入れたチケットで、俺は想像を絶する体験をすることになる。

 友人と二人で降り立った中野駅には、既にハロープロジェクトの紙袋を持った男性がたくさん居て「なんだよもうライブ終わってるのかよ」と思わせるに充分だった。彼らは何故既に紙袋を持っているのか? 世の中不思議なことばかりである。

 むさ苦しい行列に並ばせられた後、入場。早速俺たちは自分達の席を探した。こんな正月休み中に休暇が取れたこと自体が奇跡だ、良い席だといいなぁO列(オー列)。……O列O列……O列ってどこだろう? A、B、Cとかあると思ったら数字ばっかりだ……2階かな? ん? まさか。
 中野サンプラザにO列は存在しなかった。俺の探していたのは0列(零列)だった。最前列である。それはファンクラブの人とか業界人とかでなければ座れない席であった。
 30にもなってだいたいのモノゴトは想像がつくようになった俺なのだが、思いがけぬ席を手に入れた時の自分の心理状態は予想がつかなかった。興奮である。あまりに動転して耳がもげそうだ。

 ライブはスタート。メンバーが現れて歌いだす。じゃあ俺は狂喜乱舞で歌い踊り狂ったかというと、さっぱりそんなことしなかった。できないのである。テレビに映る彼女達の姿を眺めながらダラダラうんちくを垂れていた俺だ。ところが目の前にして出てくる言葉は「いやあああああ」という悲鳴だった。両手で自分の髪の毛を掴み信じられないと首を振る。
 あなたは中野サンプラザの最前列とステージの距離を想像できるか? こんなもんだよこんなもん(と両手を広げる)。もう、すぐ、そこって距離だ。すぐそこに分厚い化粧を塗った、だがしかし綺麗な肌のメンバー達が踊っているのである。平常心では要られない――というよりライブ自体を楽しむ余裕がないのだ。

 だってさ、想像できる? すぐ目の前に飯田様がいらっしゃってぎこちなく踊ってるのよ。それに見惚れていてハッと気付く。俺のよっすぃ〜はどこにいる? 目で探してる間に、今度は俺の目の前に思ったよりずっと小さいなっちが現れるのよ? 加護辻がやってくるのよ? 間に合わない。目と頭が追いつかない。
 プッチモニの「ぴったりしたいX'mas!」の歌詞が始まる直前、コーラスに合わせて後藤が「カモンごっつぁん」と口を動かしていることを君は知っているか? ステージに用意されたひな壇に座って他のメンバーの歌を聴いている間、紺野のする手拍子を見ていると全くリズムが合っていない、ということを君は知っているか?

 金魚とニワトリのキメラ生物をつくったらあの日の俺のようになるだろう。目と口を見開いたまま、ひたすら左右に首を振っている。見逃すことはできない。瞬きする間も惜しかった。一緒に歌って一緒に踊る? そんな暇全くなかった。俺は腕を組んだまま、ひたすら目の前でアクトし続ける彼女達を記憶に焼き付け続けた。

 本編が終わって「Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド」。モーニングだけでなくハロープロジェクトのメンバー全員(30人くらい?)でのレビューショーは圧巻だった。あれをエンターテイメントと呼ばず何をそう名付けよう。

Mr.Moonlight?愛のビッグバンド?
Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド〜モーニング娘。 ¥1,020(税込)


 最前列で観る、ということがどれほどの狂気をもたらすか具体的な例をひとつ。俺はしばらくライブを観ていてこう思った。
「もっとおしゃれして来れば良かった」
 関係ないのである。これほど近い距離に居たところで数千人のうちの一人。しかも壇上から見る客席なんて暗くて良くわかりやしない。理屈で考えればわかるのだが、あの距離はそんな狂気をも許してしまう力を持っていた。だって目の前だぜ? 理屈じゃない距離なのだ。

 アンコールが終わってカーテンコール、よっすぃ〜がたまたま俺の目に立ち止まった。俺はあらん限りで彼女を呼んで、彼女と見詰め合うことに成功したけれど……成功した途端、恥ずかしくなった。30男が声を嗄らして目の前にいる十代そこそこの小娘に自分の存在を伝えている姿……職場の部下には見せたくない姿である。

 あれから4ヶ月。時間と言う奴は非情で、あの時の記憶というものは少しずつ薄れていってしまう。2002年1月、俺は人気絶頂状態のモーニングのライブを最前列で体験した。二度と同じ幸運に恵まれることはないだろう。あれ以上のライブ体験は不可能だろう。
 さいたまスーパーアリーナのライブに何百万と言う金を積んで最前列を手に入れたとしても、「ミニモニ。ひなまつり」でやぐっつぁんの振る扇子からこぼれたピンク色の羽根が拾えるような位置、ということはありえないはずだ。

 同じ奇跡は二度とない。あれは夢であった。思えば……あの日を境に、俺のモーニングマニアとしての熱も落ち着いていっている気がする。何らかのピークが、あの日、訪れた。モーニングマニアとしての人生があるのなら、今の俺はもう既に、余生を過ごす年寄りの気分なのかもしれない。

 

モーニングファンの皆様へ追伸: 結局は自慢です。ごめんなさい。